牧師のブログ

西片町教会の牧師が、教会関係のことについて語るブログです。

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夕礼拝の休会について

私たちの教会では、毎週日曜日、午後6時から夕礼拝(カナの礼拝)を守っていますが、年末年始はお休みです。2009年12月27日(日)と2010年1月3日(日)は休会ですので、お間違えのないようにして下さい。是非、年末年始は、日曜朝、午前10時30分からの礼拝においで下さい。夕礼拝は、2010年1月10日から再開されます。
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クリスマスおめでとう!

今日は、12月24日、クリスマス・イブです。私たちの教会でも夕、午後7時から燭火讃美礼拝が開かれます。闇の中に蝋燭を灯し、皆で讃美歌をうたって、御子イエスをお迎えしましょう。どなたでもおいで下さい。
12月19日(土)には、私たちの礼拝堂で、玉崎真弓先生の率いる、合唱団ゆすらとアンサンブル葦の皆さまが、クリスマスコンサートを開いて下さいました。クリスマスソングとお気に入りの歌の合唱は、とても美しく、楽しく、大感激しました。皆さま、素晴らしい音楽のクリスマス・プレゼント、ありがとうございました。
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教会暦 降誕前第7主日

ブログの更新を怠っているいるうちに、もう教会暦では昨日、降誕前第7主日となってしまいました。時の早さに驚いています。
特に、10月は、二度、韓国の教会との交流が東京で行われ、会議や、旅行などで、我を忘れて日々を過ごしている間に、いつの間にか終わってしまいました。
母マリアと父ヨセフが、ベツレヘムの宿屋を訪ねた時、どこも満員で断られ、御子イエスは馬小屋の飼い葉桶の中にお生まれになられました。
心が忙しくざわめき、あれもしなければ、これもしなければと、満員状態では、御子イエスがお入りになる余地がなくなってしまいます。自戒して、御子を大歓迎をして迎えることが出来るように、週毎の礼拝で、心の整理をする、降誕前の季節でありたいと思いました。
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パルの近況

いちごさんなどに御心配頂いているパルのことですが、教会青年会の夏の行事に特別参加して、8月13日〜14日と富士山登山をしました。登りは元気に歩き、登頂を果たしましたが、降りで、足が痛くなり、歩けなくなってしまいました。それで、青年や牧師が抱えたり、引きずったりしながら、ようやく五合目まで下ろしました。その後、3日間は、寝込んでいましたが、今は回復して元気になりました。また皆さんとお会い出来るのを楽しみにしていると思います。
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パルの近況

御心配頂いているパルのことですが、この頃、益々怖がりになって、外でくつろぐということが減っています。元気は元気なのですが、ちょっと庭に出ても、3分後には、もう家に入れてくれと、サッシを引っ掻きます。後は、家の中でごろごろ、という感じです。何故か、夕方になると外に出て、遅くまで(午後8〜9時頃)、門扉の所で皆さんが来て下さるのを待っている時もあります。いつもパルを愛して下さり、ありがとうございます。
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聖霊降臨祭「聖書と音楽の集い」ご案内

教会には三つのお祭りがあります。クリスマスとイースター(復活祭)、そしてペンテコステ(聖霊降臨祭)です。 2009年の聖霊降臨祭当日に、私たちの教会は一人でも多くの方々と共に、私たちに聖霊が注がたことを祝いつつ、聖霊降臨の意味を考える「聖書と音楽の集い」を開催致します。聖霊降臨を祝う音楽を聞きながら、心を鎮め、牧師の語る聖書の話に耳を傾けてみませんか。
ペンテコステを覚える讃美歌には、以下のような歌詞があります。
「聖霊よ、降りて、かわける心 恵みの雨にて 潤したまえ。」(讃美歌21-343より)
暖かい春の雨のような聖霊を受ける時、私たちの心も、潤い、充たされると歌われています。どうぞどなたでも御出席下さい。

ペンテコステ伝道集会「聖書と音楽の集い」
日時:2009年5月31日(日)午後2時
場所:西片町教会礼拝堂
説教:「決して渇かない水」
演奏:アンサンブル・カンフリエ
    曲目 J.S. バッハ  カンタータ「来たれ、聖霊、主なる神よ」、他
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供養のこと

皆さん、連休はどうお過ごしになられましたか。私は創立120周年記念事業以後、いろいろあって、このブログも更新を怠り、大変失礼しています。一月以上も更新しなかったため、プロバイダーが最上段に入れてしまったのが「水子供養寺」の宣伝でした。
しかし、私たち教会には「供養」の考えはありません。死んだ人は、皆、神さまが愛の御手、救いの御手の中に捕らえて下さっていると信じますので、もはや、地上の私たちが、その霊魂を宥める必要はないと考えています。勿論、死者を大切にし、覚えることは、教会も大切にしてきました。墓前礼拝や、記念会などはしますが、それは「供養」ではありません。
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創立120周年記念

西片町教会は、2009年3月31日に創立120年を迎えます。そのことを覚えて、次週3月22日(日)午前10時30分から記念礼拝、式典を挙行する予定です。どなたでもご臨席頂けたら、教会員一同大変嬉しく思います。
これを機会に西片町教会の歴史を少し調べて見ました。神学大学図書館にも行き、明治期のキリスト教諸雑誌の調査をしてみました。元々、西片町教会(当時の名は駒込教会)は、東片町にありました。東片とは、西片と異なり、現在、使われていない地名です。昔は、中山道を挟んで、云うまでもなく、西が駒込西片町で東が駒込東片町でした。現在の向丘に重なる東片町のどこに最初の伝道地とその後移転して建てた会堂があったのか不明でしたが、この度明治期の「基督教新聞」の中に以下の記事を発見し、その場所が判明しています。

「基督教新聞」298号,1889(M22).4.10「●駒込教會 日本メソヂスト下谷教會の講義所なりし同會は明治二十年七月中本郷區東片町五十二番地に民舎を借受け開講せしが以來漸く信徒の數を増加せしこと以て會堂新築の必要を感じ種々計畫せしが遂に東片町百五十二番地に地を相し起工後未だ一ヶ月ならざるに早くも落成を告ぐるに至りたるを以て去る二十三日午後二時二十分より左の順序に従て捧堂式を執行したり…」

最近は、古い地図を持って、何度も旧東片町52番地や、152番地の周辺を歩き回っています。120年前にここに教会が生まれた。ここで福音が始めて語られた、そう思って見渡すと、どこにでもある町並みでありながら、何か景色が輝いてくるような気がしました。

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万座温泉

北支区教師(牧師)一泊研修会のために、万座温泉に行ってきました。牧師が約20名集まり、2年弱前、万座近隣の吾妻教会に転任された、元北支区長・上林順一郎先生から講演を聴きました。ユーモアに溢れた話の中に、教会、支区形成に関する深い洞察が散りばめられており、充実した時を過ごしました。また、2日目は、地方教会で奉仕をされた経験をもつ二人の女性牧師の発表を聴きました。経済的にも大変困難な中にあって、なおそこで豊かな課題を発見し、伝道牧会された御様子を伺い、感銘を受けました。私は幹事のような役割でしたが、バスの時間が4〜5時間と、少し遠いのが気になりましたが、温泉も最高で、皆がとても喜んでくれて、ほっとしました。
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夕礼拝(カナの礼拝)

皆さん、クリスマスおめでとうございます。ご挨拶が大変遅れて、失礼致しました。
本日の夕礼拝(カナの礼拝)をもって、西片町教会の2008年の主日礼拝は全て終わりました。
一年間、共に礼拝を献げてまいりました兄姉だけでなく、初めて、西片町教会に来て下さった方も加えられて、良き交わりの内に、夕礼拝を守ることが出来ました。
かつて、年末の夕礼拝は休会でしたが、ある年の歳晩、夕礼拝に駆けつけた人があったため、今では、8月以外は、夕礼拝は休みなく献げることになっています。
朝と夕の礼拝の違いを思います。どちらかと言うと、朝は元気をもらい、夕は鎮静化ということでしょうか。騒ぎ立つ世界の中で、静まって神の言葉に耳を澄ます夕べの礼拝の大切さを改めて思いました。
主にあって、良い年をお迎え下さい。

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教会犬・パルについて

西片のご近所の皆様に、大変御心配をおかけしております、教会犬・パルちゃんについてお知らせします。
実は、教会は、創立120周年記念事業として、7月中旬から、会館(食堂)・牧師館改修工事を行ってきました。その間、牧師一家も引っ越さねばならなくなり、それ以来、パルは方南町の牧師の実家で暮らしています。
工事関係者の御努力によって、牧師館は11月初旬に完成し、牧師家族は、既に新牧師館に入居して、教会堂を守っていますが、なお工事は続行されていました。しかし、それもほぼ終わり、思いに勝る素晴らしい新会館も完成しました。
そのようなわけで、パルも、来週11月24日〜25日頃には、西片に戻ってくる予定です。パルはもう12歳となりましたが、まだ、とても元気で、皆様とお会い出来るのを楽しみにしていると思います。
長い工事期間中、特に近隣の皆様には、大変ご迷惑をおかけしました。また御協力ありがとうございます。12月21日(日)午前10時30分からのクリスマス礼拝で、奉献式を挙行する予定ですので、どなたでもクリスマス礼拝にいらして下さい。
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上甲米太郎

新大久保の高麗博物館へ、企画展「上甲米太郎」を見に行きました。
 私の前任地・伊予大洲縁の人で、これまで余り知られていなかったこの上甲の生涯を、伊予、韓国に及ぶ現地調査をもとに明らかにしたもので、大変感銘を受けました。
 上甲は、1902(M35)年4月、大洲から夜昼峠を越えて最初に現れる村・川之内(現八幡浜市)で生まれました。上甲家はその地主であり、現在でもその屋敷跡には立派な石垣が残っているそうです。しかし家は養蚕に失敗し没落し、米太郎の父は朝鮮の河東(ハドン)に渡りました。そのため、上甲は、母方の有友家(大洲・中村?)から大洲中学に通いました。彼は小さい頃、日曜学校へ行った経験もあり、また祖母に育てられたこともあり、信仰心が芽生えたそうです。彼は、1917(T 6)年6月16日、大洲教会において、黒田覧一牧師より洗礼をうけました。
 上甲は中学卒業後、京城(ソウル)の師範学校に進学、教会も京城日基教会に転籍しました。その後、彼は、父のいる河東近隣の普通学校教師、校長として、治安維持法で逮捕されるまで、朝鮮人の子ども達の教育に熱心に取り組みました。
 彼は、当時の多くの日本人と異なり朝鮮をこよなく愛し「朝鮮人となってこそ朝鮮の教育は出来る」と記しています。また、彼は、何度も巡査に咎められながら、朝鮮服を着て大洲まで帰省したほどだったそうです。
 ところで、調査した人が、上甲の生家を求め、川之内の古老にその場所を尋ねたところ「隠れキリシタンをお探しか?」と問われたとか。何故でしょうか?
 私も再び川之内へ旅して、調べてみたくなりました。
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日用の糧を与えたまえ

 「我らの日用の糧を、今日も与えたまえ」、主は誰に向かって「こう祈りなさい」(マタイ6:9)とお命じになられたのでしょうか。飢えている異国の人々や、敗戦直後の日本人に対してでしょうか。ある人はその時、この祈りは真に切実であったと言いこう続けました。「現在の肥満と飽食の中にある日本人にとってこの祈りは縁遠い」と。
 しかし、この祈りは、実際に、飢えている人だけのものではありません。むしろ、私たちこそが、この祈りを誰よりも必要としているのではないでしょうか。人は、満腹の中で、父なる神からしか日毎の糧はこないとの厳然たる事実、その「信仰」を失いがちだからです。
 悪魔は「神の子なら、これらの石がパンになるように命じたらどうだ」(マタイ4:3)と主を荒野で試みました。それは、父なる神なしに、飢餓問題を解決する「救い主」になれとの誘惑だったと思います。確かに、私たちの国は、石をパンに変えたかの如き奇跡の復興によって、飢えを克服したかのようです。しかし、私たちを養って下さる神への信仰なきところから、今、あらゆる食の問題が噴出しているのではないでしょうか。安全、産地偽装、食料自給率、バイオエタノール、収奪構造などの諸問題が。
 だから、私たちは日毎の食卓で、悪魔の誘惑に逆らうようにして、主の祈りを祈りましょう。食べ物は、神さまが御用意下さったもの。しかも「我」のみにではなく「我らに」に与えられた糧、と噛み締めつつ。

「信徒の友」2008年11月号(特集・日用の糧を与えたまえ)の巻頭言(拙文)より

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西片町教会九条の会

礼拝後、西片町教会九条の会が開かれました。今月は、映画「アメリカばんざい」を観た青年たちをも招いて、老若相集い、充実した話し合いの時をもちました。映画の中で、入隊する青年が、過酷に扱われ、個性を抹殺され、殺人機械としての兵隊に仕立て上げられていく様が描かれていました。
格差社会の中で、給料を得ながら技術や資格を得ることが出来ると勧誘され入隊した青年たちは、やがて対イラク戦に派兵されていったのです。自衛隊の勧誘も似た形で行われているとの指摘もありました。
また、最近、NHK番組でも「アメリカばんざい」に類似したテーマが放映されましたが、それは、除隊後の問題です。誤って民間人を殺した元兵士も、帰国後、心を病んでしまい社会復帰が出来ないのです。一方、日本人将校として、恐るべき戦争犯罪を指揮しながら、帰国後、健康を謳歌しつつ立身出世を遂げた者の実話も語られ、同じ人間でもどうしてこんなに違うのだろうかと話し合われました。
母親から、どの子も、どの民族の人も、皆神様によって造られた掛け替えのない人間なのよ、と教えられた青年は戦後、救いようのないほど病む。一方は、激しい差別心の中で、まるで動物でも殺したくらいにしか思わなかったのでしょうか、戦後、健やかに生き天寿を全うする、この矛盾。真の健康とは何か、ということも考えさせられました。
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旭川、美馬牛、美瑛、富良野

今年の夏期休暇は広大な北海道をドライブし、8月24日の日曜日は旭川六条教会の礼拝に出席しました。作家・三浦綾子さん縁の教会です。そこの西岡牧師とは四国教区時代の知り合いですが、そこで大変豊かな礼拝を献げることが出来ました。その週報で、その日の午後、近隣の美馬牛福音伝道所の礼拝に、道北地区の人々が合流し、互いに励まし合う集会があることを知りました。それにも喜んで参加しました。西岡先生が、美馬牛の伝道所の場所が分かりにくいと心配されましたが、直ぐ発見出来ました。実にこの日は、伝道所建物が取り壊され、隣地に新しい会堂を建てる直前の主日で、もうベンチは片付けてあり、床に座っての礼拝でした。その感動的な礼拝を献げ、おにぎりを食べながら、本当に楽しい交わりの時をもちました。帰り美馬牛の向日葵畑の横を通り過ぎ、雄大な眺めに感動しつつ、美瑛のペンションに帰りました。しかし、どこへ旅しても、一番楽しく忘れがたいのは、礼拝に参加し、その地で御言葉を聴くことです。
ところで、何故、北海道に行ったかとういうと、最大の目的は、富良野で演劇を学んでいる息子を訪ねるためでした。けっこう頑張っているようで安心しました。

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A さんのコメント

Aさんから、管理者のみ閲覧可能なコメントをお送り頂きました。御自身が既にブログで秋葉原事件に関しての思いを吐露された、大変重い言葉でした。深い共感と共に、以下の主イエスの御言葉を思い出しました。
「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい。」(ヨハネ8:7)
また、私は最近、映画「闇の子供たち」を観ましたが、ラスト、衝撃で身を貫かれるような痛みを感じました。この映画の感想を書いたある人も、上記の御言葉を引用しています。
パウロの呻くような問いをも思い出さざるをえません。「わたしはなんと惨めな人間なのでしょう。死に定められたこの体から、だれがわたしを救ってくれるでしょうか。」(ローマ7:24)
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み国を来らせたまえ

 あの恐るべき秋葉原無差別殺傷事件は、私たちの心を揺さぶり続けています。言うまでもなく、いかなる理由があっても、人を殺傷することは許されません。
 しかし、おそらくは正常なあの青年容疑者は、一度沈んだら浮かび上がれないと呼ばれる格差社会の孤独の海に、翻弄され続けた末、ついにこれ程の狂気に至ってしまったのではないでしょうか。そこに、今、この日本「国」に生きる者たちの「国」に対する深い絶望感が表れているような気がするのです。
 青年は「携帯サイトの掲示板への書き込みを無視され、大事件を起こして、見返してやりたかった」とも供述しました。最後の頼みの綱と覚えた「ネット」もまた『電車男』(アキバ系オタク青年が、パソコン上でネット仲間に励まされ、美人OLにアタックするという純愛物語)の世界は既に遙か遠く、心身とも彷徨する彼を休ませる「巣」とはなり得なかったのです。これらを象徴するかのように、35年間続いた秋葉原歩行者「天国」も終わりました。
 今こそ、「み国を来たらせたまえ」と祈るべき時代を、私たちは迎えたのではないでしょうか。氷山を失い大海を泳ぎ続ける寄る辺なき北極熊同様に、彷徨う人々が立ち帰る御国という「巣」を切実に求めて。
「神の国を何にたとえようか。…それは、からし種のようなものである。…蒔くと、成長してどんな野菜よりも大きくなり、葉の陰に空の鳥が巣を作れるほど大きな枝を張る。」(マルコ4:30〜32)

  (「信徒の友」2008年9月号〈特集/み国を来らせたまえ〉巻頭言に掲載された拙文です。) 


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夏のコーリャン

今日は、日帰りで長野までドライブしました。友人たちと松代大本営跡と無言館を訪ねる旅をしたのです。駐車場から炎天下の中歩いて、象山地下壕に入ると、いっぺんに汗が引きます。気温15℃、つまり気温差20℃を一気に経験しました。その穴は、気温の理由だけでなく、まさに背筋が寒くなる世界。これら松代の巨大地下壕工事は、強制連行された者も含め7000人の朝鮮人と3000人の日本人が行ったそうです。しかし発破など危険な作業は専ら朝鮮人に押しつけられ、死者が出ない日はなかったと言うのです。重労働の中、食べ物は最悪で、おかずはなし、ご飯はコーリャン七米三だったそうです。
この後、舞鶴山地下壕にも行き、天皇御座所となる予定だった総檜造りの和室も見学しました。
無言館では、家族と芸術をこよなく愛した青年たちの死去年の多くが、昭和19年、20年と記されてあり、まさに国体護持のための地下壕が掘られていた時と重なっています。聖書の精神にあるように、人間の生命は、天皇だろうと朝鮮人だろうと画学生だろうと、同価であるはずなのに、と切実に思いました。
地下壕から身も心も冷え切って出て来ると、鮮やかな緑のコーリャンが夏の日射しを浴びて風に揺らいでいました。
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春の自転車ツアー

私たちの教会は日本基督教団東京教区北支区に属します。
北支区青年部では、今日、北支区53次(北支区には53教会・伝道所があります)と称して、第二回目の北支区内の教会を訪ねる自転車ツアーを行いました。
私たちの教会からも青年一人と私(もはや青年ではないので、電動アシスト付きで)が参加しました。
教会の青年会員の減少が言われている昨今ですが、何と25人くらいの若者がツアーに参加して、今回は、西片町教会も含めて、13教会を訪ねて下さいました。多くの教会で大歓迎を受け、冷たい飲み物などを頂き、その教会を覚えて祈りを献げて回りました。
お天気にも恵まれ、巣鴨ときわ教会を拠点に、午前8時〜午後1時30分まで、連休で自動車の減った文京区中を爽快に走り回りました。
この素晴らしい集いを企画して下さった、青年部の皆さんに感謝します。



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クルド人ら御一家、在留へ

最近の大変嬉しいニュースとしては、難民申請が認められなかったクルド人らのご一家に対して、同じ文京区民である鳩山法相が「在留特別許可」を出したことです。
私たちの教会でも、タスクンさん、ベルトランさん御夫妻、そして、そのお嬢さんのジランちゃんをお迎えしてお話しを伺ったことがありました。その時、御夫妻は、不法在留とされて、どれ程、不自由な生活を強いられているか、また強制退去処分とされれば家族がバラバラになってしまうと、涙ながらに訴えられました。私たちは、政府の心ない仕打ちに心痛めていました。当然のことでしょうが、ようやく御一家は、自由に日本で生活出来ます。おめでとうございます!
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